『源平合戦』プレイレポ

.04 2011 長篠・設楽原合戦 comment(0) trackback(0)
源平合戦 プレイ写真


『源平合戦』は、平清盛亡き後の平家と挙兵した頼朝軍との最終決戦を、源氏軍京都入京直前から再現するゲームです。

・・・というわけで説明はそこそこに、プレイレポなど。自分は源氏軍、知人は平氏軍を担当です。
このゲームの舞台は西日本。両軍は京都のほか、福原、屋島、太宰府、彦島の5拠点および後白河法皇を確保することで毎ターンVPを獲得。そのVP差で勝敗が決します。

初期配置では、源氏軍は琵琶湖周辺に集結していてユニット数はたった5個。対して、平家軍は20個ちかくいます。京都には木曾義仲と後白河天皇が。平家はゲーム開始時から2拠点を支配しているのに対して、源氏は京都の義仲を排除しないと1ターン目に点数が入ってこないという、盤上を見ている限りでは源氏劣勢?な状況から始まります(ちなみに『源平合戦』は初期配置ユニットは、ユニットの戦闘力の数字が皆白くなっているのでとてもわかりやすいです)。しかしながら源氏のカードイベントは超強力。増援を呼びながらの2グループ移動や戦力ボーナスなどがてんこ盛りw これで形勢をどんどん逆転していく・・・はずです。

というわけでゲーム開始直後から源氏としては強気でいきました。戦闘ボーナスを得た源氏の梶原と佐々木が先陣を切って京都へ攻め入り、木曾義仲をあっさり撃破。後白河を確保して京都を支配します。さらに次のターンは増援を呼びながら2グループ移動で進撃。さらに続くターンでも地元水軍を増援として登場させながら部隊を展開し、福原を二方向から半包囲します。この流れは、『長篠・設楽原合戦』の感覚からすると押せ押せの展開!
一方の平家は、第1移動で主力を彦島から屋島に移動させ、次のターンは屋島にわずかな守備兵力だけを残して福原に主力を上陸させてきました。
この時点で、VPはかなり平家側に振れています。平家は彦島、太宰府、屋島、福原と4カ所取っているのに対して、こちらは京都と後白河法皇のみ。毎ターン、平家のVPが増えている状況なのではやく一カ所取ってこれをイーブンにしなければです。
ここで歴史通りなら、福原に突撃しして一ノ谷の合戦の再現というところですが、屋島が手薄なのが気になります。普段は源氏は海を移動できないのですが、義経は既に水軍を支配下に置いているので海上移動での屋島攻めも可能です。
「ここはいっちょ相手の裏をかいて!」
というわけで義経スタックが屋島を強襲です。しかし、平家の守備隊は粘りを見せて意外に1ターン陥落ならず。
「まあ仕方ない。次のターンは一旦引き揚げて味方と合流よ」
と思っていたら、平家はここでイベント「おとり」。
何とたった1個の平家ユニットに義経スタックの移動が拘束されてしまいます。一騎打ちの誘いに乗るとは・・・そこに平家軍の増援が到着、義経戦死。

源平合戦 義経戦死

というわけで先行しすぎて主役が死ぬハプニング。しかしめげずに福原攻略に取りかかります。ここで突然のオープンイベント。後白河方法の和平調停により平家はこのターン戦闘できないことに。やむなく平家軍は戦闘を回避するため福原から撤退しました。
「おお、まさに一ノ谷の再現? やった~! ・・・・つうか、敵主力を取り逃がしただけじゃん!」
こうして何とか福原を取ってVPは膠着状態になりましたが、VPはすでに平家側+7。しかも戦力の消耗が。今更義経イベントのカードが来たって遅いよ・・・。
この後、敵が集結している屋島の攻略はあきらめ、別働隊で太宰府、彦島の制圧を図りますが、嵐(オープンイベント)で海上移動を阻まれて貴重な時間を失ったこともあり、彦島までは落とせずゲーム終了。VPは思ったより戻しましたが逆転はなりませんでした。「迅速こそ勝利である(by 義経)」かもしれませんが、功を焦ってもダメっぽいですw

基本的な戦闘システムは『長篠設楽原合戦』と同じですが、動きがかなりダイナミック。スケールや時代性を反映してか、退却/戦闘エリア離脱が容易で、この時代ののんびりした戦闘を再現するルールとしては超アリだと思いますが、つまるとことそれによりルールが簡単になっているのがとても素晴らしいです。また、長篠システムのもう一つの特長であるカードの隠匿をオープンイベントと組み合わせているところが最高にいかしています。

映画も第二弾とかはだいたい期待の斜め下を行くもんですが、これは確実に上ですよ!

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