源平争乱 リベンジ(第2回)

.15 2011 未分類 comment(0) trackback(0)
『源平争乱』リベンジの第2回。京上洛に失敗した前回の続きです。

義仲(自分)と頼朝による源氏二勢力による西征が始まりました。
とはいえ、自分は京都襲撃で軍が崩壊。地元中北部の武士団は疲弊しているのか顔色がよくなく(このゲーム、武士団が自分になびくかどうかは顔色で分かるというのがステキ)、今、招集を呼びかけるといきおい頼朝方に寝返るとも限らぬ状況です。そこで、思い切って京都上洛戦後に自分になびいた畿内の武士団に招集をかけました。これが思いの外よい反応で、畿内は義仲指示一色に。そうか、お前達は俺を待っていたのか的展開です。

で、思いの外、兵力も集まったので(約4000騎)平家の守りの薄い四国に渡ろうと画策しましたが、厄介なことに頼朝軍が邪魔をしてきました。頼朝軍の兵力は約6000。大将は源範頼です。史実、頼朝は鎌倉から出てこず、平家討伐の総大将は範頼だったわけですが、ちゃんと再現されてるのは嬉しいですね。そういえば義経はどこにいるのだろう?

範頼の軍は京を出た後、こちらに先んじて摂津に入って平家軍を破りました。その後範頼は史実通り西を目指し、自分はその間に四国に渡ってそちらを制圧・・・と思っていたのですが、予想に反して摂津から動きません。四国に渡るには和泉から瀬戸内海を渡る必要があるのですが、和泉に進軍すると摂津の範頼軍と接触してしまいます。範頼軍が義仲軍を見過ごすはずはなく、またも負けると今度こそ支持を失いかねません。しばしにらみ合いになります。
そこで英断。
畿内の軍をそのまま留めて、義仲の嫡男、義高に別働隊を編成させることにしました。それも、先と同じく上洛失敗後に自軍になびいた山陰地方の武士団で。因幡にて兵力少数ながら軍を招集。周辺の平家領を刈り取りながら西進し、九州に渡ります。
そして範頼が平家軍と中国地方でがちんこの戦いをしている間に、九州を義仲支持で統一するのに成功しました。

その結果、東の頼朝、西の義仲に挟まれ支持を失った平家は滅亡。ついに勢力地図から平家の赤色が消えたのです!

が、その喜びはつかの間だった・・・・というわけで、続きます。

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