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『ロンメル戦記』とデヴィッド・アーヴィング

.23 2010 未分類 comment(0) trackback(0)
もうとっくに読了していた『ロンメル戦記』ですが、タイミングを逃して締めくくれずにいました。放っておこうかとも思ったのですが、もう最後なので完結させておこうかと。

キレナイカ地方から引き上げたロンメルとアフリカ軍団ですが、その逃避行の先、チュニジアでも連合軍との戦いが始まっていました。アルニム大将と防衛プランで衝突し、また精神肉体的に疲弊の局地にいたロンメルはチュニジア戦の終局前に本国に戻ることとなります。やがて復帰したロンメルは、西方防衛に付き、連合軍の上陸作戦に備えることとなります。これまでの幾多の戦い、とりわけ西側連合軍との貴重な戦闘の経験を持つロンメルはその防衛プランを上申しますが受け入れられず、ノルマンディへの上陸作戦が始まるとその戦闘の中負傷して本国に戻されます。その数日後、ヒトラー暗殺事件が発生し、それに加担したとの嫌疑をかけられたロンメルは、反逆罪で裁判を受けるか名誉ある死(自決)かを選ばされ、そして、家族へ危険が及ぶのを恐れたロンメルは、服毒してその生涯を終えました。

最初にロンメルを「勇気と機転と指導力にあふれた優秀な軍人」と書きましたが、今日、ロンメルを「名将でなかった」とする評は少なくありません。独断先行、他将との軋轢、補給の知識の不足などがその理由です。ロンメルが戦略的に無価値なアフリカでいたずらに資源と命を浪費したからドイツが負けた、とまで言う人もいます。それも見方によっては間違ってはいないのでしょう。
しかし、私はロンメルにそれら定評とは違う印象を持つのです。それが何か・・・はまだはっきりとしませんが、今回『ロンメル戦記』を読んで、少し見えてきた気がしています。

それから、あとがきがなかなか面白かったです。ロンメルがゴーグルを愛用していた意味を探るために著者の山崎さんが同じものを購入して試した話とか。あと、参考文献を選ぶ際の話も、とても興味をひきました。特にデヴィッド・アーヴィングの『狐の足跡』について山崎さんが下された判断は、『ロンメル戦記』を読み進める上で読者への心構えを促す内容とも言え、これを後書きに記された山崎さんの配慮に感心しました。
その、山崎さんが扱いにとても慎重になられた『狐の足跡』とはどのような本なのか、またその著者、デヴィッド・アーヴィングとはどのような人物なのか、とても気になったわけですが、ちょうど発売されたばかりのコマンドマガジン92号にどんぴしゃりの記事がありました。

戦史研究家の大木毅氏の記事『アーヴィング風雲録 ある「歴史家」の転落』です。大木毅氏はリサーチの大家と言える方で、いつも海外や最新情報を盛り込んだコラムを書かれています。
さて、その記事はたった4ページですが、これにアーヴィングの執筆姿勢と『狐の足跡』に見られる諸処の問題がまとめられていました。結論から言えば、内容に偏向や歪曲が多いから扱いに注意を要する、というわけですが、山崎さんはちゃんと分かっていらっしゃったわけですね。

自分も歴史ゲームを作ったりする関係で、いろいろな資料を参考にします。とりわけ日本の中世史は、一次資料自体も信憑性が問われているものが少なくないわけですが、だからこそその取捨選択においては慎重でありたいものです。

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