『源平合戦 寿永の乱』研究

.16 2011 長篠・設楽原合戦 comment(0) trackback(0)
『関ヶ原戦役』で好評をいただいたご近所さん。ひさびさにお会いしたので「新しいゲームがありますよ」と話かけたら、『源平合戦 寿永の乱』が予想通りの興味津々ぶりで、来年の大河の話や勝利条件の話から、今度時間を作って対戦しましょうというところまでいきました。

で、そろそろレビュー記事でも書こうかと思ったりしつつ、世間の興味も気になったのでネットで検索検索・・・

[リンク]ゲーム脳ブログ
記事:「源平合戦 ・寿永の乱」(WGJ10)を対戦
記事:「日露大戦」、「源平合戦」で対戦!
記事:「源平合戦」をさらに対戦!

[リンク]str_takeshi雑記帖@茨城歴史ゲームの会
記事:2011/9/29「第13回茨城会の報告(その3)」

[リンク]ウォーゲーマー日記
記事:お盆にプレイしたゲーム
記事:『源平合戦・寿永の乱』情報収集

[リンク]杉並ボードゲーム同好会 例会活動報告
記事:2011/8/7「源平合戦 寿永の乱 / 国際通信社」戦略級ウォー・シミュレーション・ゲーム

[リンク]Si-phon Game Club (SGC)
記事:『ウォーゲーム日本史第10号源平合戦-寿永の乱-』 とは

[リンク]源平合戦 攻略せよ!
記事:「Total War:Shogun 2」源平合戦の巻

ショップや公式の記事は省いています。中にはプレイレポートでもないものが含まれてますが、興味深かったり面白かったので。

PCゲームの源平の記事が多くてあまり見つけられませんでしたが、源平の勝率はまだどちら有利とも決まっていないようですね、ふふふ

ちなみに手前の日記はこちら

『源平合戦』プレイレポ

.04 2011 長篠・設楽原合戦 comment(0) trackback(0)
源平合戦 プレイ写真


『源平合戦』は、平清盛亡き後の平家と挙兵した頼朝軍との最終決戦を、源氏軍京都入京直前から再現するゲームです。

・・・というわけで説明はそこそこに、プレイレポなど。自分は源氏軍、知人は平氏軍を担当です。
このゲームの舞台は西日本。両軍は京都のほか、福原、屋島、太宰府、彦島の5拠点および後白河法皇を確保することで毎ターンVPを獲得。そのVP差で勝敗が決します。

初期配置では、源氏軍は琵琶湖周辺に集結していてユニット数はたった5個。対して、平家軍は20個ちかくいます。京都には木曾義仲と後白河天皇が。平家はゲーム開始時から2拠点を支配しているのに対して、源氏は京都の義仲を排除しないと1ターン目に点数が入ってこないという、盤上を見ている限りでは源氏劣勢?な状況から始まります(ちなみに『源平合戦』は初期配置ユニットは、ユニットの戦闘力の数字が皆白くなっているのでとてもわかりやすいです)。しかしながら源氏のカードイベントは超強力。増援を呼びながらの2グループ移動や戦力ボーナスなどがてんこ盛りw これで形勢をどんどん逆転していく・・・はずです。

というわけでゲーム開始直後から源氏としては強気でいきました。戦闘ボーナスを得た源氏の梶原と佐々木が先陣を切って京都へ攻め入り、木曾義仲をあっさり撃破。後白河を確保して京都を支配します。さらに次のターンは増援を呼びながら2グループ移動で進撃。さらに続くターンでも地元水軍を増援として登場させながら部隊を展開し、福原を二方向から半包囲します。この流れは、『長篠・設楽原合戦』の感覚からすると押せ押せの展開!
一方の平家は、第1移動で主力を彦島から屋島に移動させ、次のターンは屋島にわずかな守備兵力だけを残して福原に主力を上陸させてきました。
この時点で、VPはかなり平家側に振れています。平家は彦島、太宰府、屋島、福原と4カ所取っているのに対して、こちらは京都と後白河法皇のみ。毎ターン、平家のVPが増えている状況なのではやく一カ所取ってこれをイーブンにしなければです。
ここで歴史通りなら、福原に突撃しして一ノ谷の合戦の再現というところですが、屋島が手薄なのが気になります。普段は源氏は海を移動できないのですが、義経は既に水軍を支配下に置いているので海上移動での屋島攻めも可能です。
「ここはいっちょ相手の裏をかいて!」
というわけで義経スタックが屋島を強襲です。しかし、平家の守備隊は粘りを見せて意外に1ターン陥落ならず。
「まあ仕方ない。次のターンは一旦引き揚げて味方と合流よ」
と思っていたら、平家はここでイベント「おとり」。
何とたった1個の平家ユニットに義経スタックの移動が拘束されてしまいます。一騎打ちの誘いに乗るとは・・・そこに平家軍の増援が到着、義経戦死。

源平合戦 義経戦死

というわけで先行しすぎて主役が死ぬハプニング。しかしめげずに福原攻略に取りかかります。ここで突然のオープンイベント。後白河方法の和平調停により平家はこのターン戦闘できないことに。やむなく平家軍は戦闘を回避するため福原から撤退しました。
「おお、まさに一ノ谷の再現? やった~! ・・・・つうか、敵主力を取り逃がしただけじゃん!」
こうして何とか福原を取ってVPは膠着状態になりましたが、VPはすでに平家側+7。しかも戦力の消耗が。今更義経イベントのカードが来たって遅いよ・・・。
この後、敵が集結している屋島の攻略はあきらめ、別働隊で太宰府、彦島の制圧を図りますが、嵐(オープンイベント)で海上移動を阻まれて貴重な時間を失ったこともあり、彦島までは落とせずゲーム終了。VPは思ったより戻しましたが逆転はなりませんでした。「迅速こそ勝利である(by 義経)」かもしれませんが、功を焦ってもダメっぽいですw

基本的な戦闘システムは『長篠設楽原合戦』と同じですが、動きがかなりダイナミック。スケールや時代性を反映してか、退却/戦闘エリア離脱が容易で、この時代ののんびりした戦闘を再現するルールとしては超アリだと思いますが、つまるとことそれによりルールが簡単になっているのがとても素晴らしいです。また、長篠システムのもう一つの特長であるカードの隠匿をオープンイベントと組み合わせているところが最高にいかしています。

映画も第二弾とかはだいたい期待の斜め下を行くもんですが、これは確実に上ですよ!

『源平合戦』を眺めてみる

.02 2011 長篠・設楽原合戦 comment(0) trackback(0)
えっと、このところ造型ばかりやっていて忘れてましたが『源平合戦』。もうとっくに自宅に待機しています。

源平合戦 ウォーゲーム日本史 第10号

まず初見で目に付くところからいくと、今回マップが小さくなっています。サイズがいつもはA2ですが今回はA3。ゲームに与える影響がどうかはともかく、ミニゲーム好きの自分にとっては好印象。しかも紙は厚紙! そしてなんと言ってもグラフィックがいい!! こういう古地図風のマップをずっと期待していたのです。

源平合戦 マップ

駒は『長篠・設楽原合戦』と同じ1ユニット1レーティングの潔さ。前回は鉄砲属性がありましたが、今回は代わりに水軍属性があります。「長篠システム」を使った~というだけあってわかりやすいですね。カードもなかなかユニークなイベントが沢山です。扇の的のエピソードが再現できるというのが自分的にハートブレイクですが、それ以外のあまり聞かないイベントもあり、『長篠~』の鳥居強右衛門のイベントのような発見も。
その「長篠システム」を使ったシステムですが、基本は同じながらゲームスケールに合わせたと思われる変更点があります。水上移動のルールが増える分、駒のステップや退却のルールを削ってゲームルールのボリュームのバランスが取られています。
本のほうは源平の戦いの主戦場の記事、連載の城郭の記事もなかなかプレイ意欲を盛り上げる内容ですが、今回特に白浜わたる氏の歴史解説が秀逸ですね。
ゲームのレビューはまた改めて。

勝頼は長篠城落城の夢をみるか

.01 2011 長篠・設楽原合戦 comment(2) trackback(0)
『東国争乱』から一晩明けた今日は『長篠・設楽原合戦』の記事を発見。

[リンク]出戻りゲーマーのソロプレー日記
記事:攻城戦

自分以外で『長篠・設楽原合戦』をやりこんでる話をあまりみないので寂しく思っていたのですが、やっぱりわかってる人はいるんですね。そうなんですよ、勝利条件だけ見ていると武田に超不利に見えるんですが、

冗談じゃありません、武田は現状で十分勝ちに行けます。
偉い人にはそれがわからんのです。


んでもって、ゲームバランスもいいんですが、このゲーム、ロマンもあるんですよね。記事の方は長篠城の落城に思い入れあるようですが、自分の場合は鳶ヶ巣山別働隊。こいつをうまく使って勝敗を決めたいもんです。

『長篠・設楽原合戦』プレイ レビュー

.05 2010 長篠・設楽原合戦 comment(2) trackback(0)
 ゲームレビューは、初プレイ後かせめて2回目の後が書きやすいです。というのは、最初にプレイしたときの印象や感動が強く記憶に残っているからです。でも一方、1~2回のプレイでは語るに早いゲームも存在します。それがウォーゲーム日本史の第7号付録『長篠・設楽原合戦』です。慣れるとプレイ時間45分。攻守を入れ替えて遊ぶといろいろなものが見えてくる、奥深いゲームです。

長篠・設楽原合戦
▲マップ中央が激戦地である設楽原。右端が長篠城、左端が信長の本陣が置かれた茶臼山。

■どんなゲームか?
 日本史で必ず習う長篠の戦いをテーマにしたゲームです。プレイヤーは2名。一人は武田軍、もう一人は徳川織田連合軍を指揮します。
 一般的に武田軍は鉄砲を侮って突撃し、一方的に射ち負かされたように思われています。しかし近年の研究では、そうではなかったと考えられています。武田軍も実は鉄砲を用いており、その有効性を十分知っていたというのです。
 では数で勝り、鉄砲隊を備える徳川織田連合軍に、なぜ武田は突撃したのでしょう?
 当時の戦は、土地を取るよりも敵の野戦軍を撃破することがより重要でした。兵力を温存できれば、土地は後からいくらでも取り返せたのです。信玄の跡を継いだ武田勝頼は、そのことをよく分かっていたようです。三河侵攻を開始し徳川領の支城を次々と攻略する中で武田軍は再三家康との決戦を誘いましたが、家康は戦場に姿を現しませんでした。そこで勝頼は長篠城を兵糧攻めにして餌とし家康をつり出すことをもくろみます。そしてそれは一応成功しました。わずかな配下をつれて戦場に現れた家康。しかし、予想外だったのは、織田軍を伴っていたことでした・・・・
 このゲームはそんな状況から始まります。
 マップには、合戦の主戦場となった設楽原(屏風絵で有名な場所ですね)はもちろん、東は戦いのきっかけになった長篠城から、西は信長が本陣を置いた茶臼山、南は鳶ケ瀬を含む山岳地帯までが含まれています。そして勝利条件には、武田軍の当初の軍事目標が落とし込まれています。それは「長篠城を包囲または落城させる」ことと一定数の「敵部隊除去」です。そして敵大将討ち取りもしくは戦線突破(補給点占領)によるサドンデス勝利があります(これは両軍とも)。いずれかを達成出来なければ武田軍の勝利、できなければ徳川織田連合軍が勝利します。連合軍に突撃するもしないも、またするならばいつどこでを、武田軍プレイヤーが決められます。対する連合軍も、長篠城を積極的に救援するか見捨てるか、またサドンデス勝利を狙って攻勢に出ることも可能になっています。
 そして、このゲームでは織田軍の消極性も再現されています。史実では、織田軍は数で武田軍を圧倒しながら、城の救援には動かず、武田軍の攻撃をただ待っていたのです。
 このゲームでは、武田軍と徳川軍は各プレイヤーが自由に動かせるのに対して、織田軍だけはプレイヤーが毎ターン山札から引くイベントカードの内容によってしか動かせなくなっています。つまり、織田軍の行動を武田プレイヤーが予測するのはもちろん、徳川プレイヤーにも完全にコントロールできなくなっています。
 という風に、『長篠・設楽原合戦』は、ただ設楽原でのガチンコのぶつかり合いだけでなく、武田勝頼と徳川家康、両将の作戦的采配の全てを再現しようとする野心的な作品なのです。

■基本的な流れ
 『長篠・設楽原合戦』では、両軍ともに「敵大将討ち取り」もしくは「戦線突破」によるサドンデス勝利が達成可能です。しかし、これ「のみ」を狙う作戦はほとんど成立しません。
 なぜなら、両軍の戦力と戦線突破の目標エリア(補給点と言います)は、初期配置される位置から見てマップの正反対にあり、そこを攻撃するために大軍を送り込むにはかなりの手番を必要とするためです。徳川織田連合軍は、ゲームが進めば進むほど織田の増援が登場して戦力が増えていきます。武田軍が部隊を移動させるのに時間をかけると、それに勝る兵力が待ち構えていることになり、成功の可能性はきわめて少なくなります。一方、徳川織田連合軍は十分な兵力をそろえるには時間が必要でしかも主力の織田軍は自由に動かせないという制約があるため、やはり成功の可能性は少ないのです。
 したがって、この戦いは通常の勝利条件である「長篠城の包囲か落城」と「敵部隊除去」を焦点に進んでいきます。
 この段階で、ウォーゲームをたしなむ人ならばあることに気づくでしょう。
 それは、ゲームを「つくる」のが武田である、ということです。
 つくる、といってもデザインの「つくる」ではなく、ゲームの「流れをつくる」のつくるです。
 武田が勝利条件を達成しなければ連合軍の勝ち、ということは武田が消極的であれば連合軍は労せず勝利を得られるということ。逆に言えば、武田軍プレイヤーの力量がゲームの面白さを決めるとも言えます。なので、対戦するときはよりウォーゲームに親しんでいる人が武田軍を持つと良いと思います。

■武田軍の戦い方
 長篠城攻略と野戦の両方を行うとして、武田軍には、おおきく三つの方針が考えられます。
 一つは、長篠城を先に落城させてから、全軍を野戦に転進させる方向。
 もう一つは、全軍を野戦に振り向けて、その後、長篠城を攻略(包囲)する方法。
 最後は両方の折衷案、つまり部隊を二つに分けて長篠城攻略と野戦を平行する方法です。
 順に検討すると、まず最初の方法ですが、武田軍が全力で長篠城を攻略(長篠城を包囲しつつ攻撃)した場合、徳川織田軍が何もしてこなければ、早くて最速で3ターン目、平均4~6ターンで落城します。このゲームはたいてい11ターンで終了なので、一見、十分な時間が残るように思えますが、徳川織田プレイヤーが対策を打てば、所要時間は極端に増えてしまいます。長篠城が落城すると連合軍は手札を全て失ってしまい、部隊を動かすことすらままならなくなるため、たいていは阻止の手を打ってきます。包囲の効果を無効にするため家康が前進(大宮川より東に布陣)すれば平均7~10ターン必要になり、イベントカードを使って長篠城を支援すればさらに伸びます。そうなれば、終盤数を増した徳川織田連合軍を相手にするために大軍を機動する十分な時間はなくなってしまうのです。つまり、この方針は、長篠城の耐久力が少なくて早期陥落することだけに賭けるばくち的作戦と言えます。そしてこの場合、連合軍の対応はとても簡単なものになるでしょう。
 では数が増える前に徳川織田連合軍を先に野戦で叩いてしまい、その後、長篠城を攻略するという第二の方針はどうなのか? この場合、長篠城が攻められていないため、連合軍は長篠城救援のために部隊を前進させたりイベントカードを使ったりする必要がありません。つまり、連合軍は武田軍を迎え撃つ準備だけ進めればよく(つまりより早く増援が揃う)、武田軍は長距離を移動して準備万端の連合軍に突撃しなければならないだけでなく、長距離を城まで戻らなければならず、まず時間が足りないことになります。
 ならば、長篠城攻略と野戦を平行する案はどうでしょう? 長篠城を包囲&攻撃すると城は容易に陥落することは先に述べたとおりです。そして、包囲の効果は徳川家康の前進によって容易に無効化されることも書きました。「簡単に無効化されるならば、包囲しても仕方ないじゃないか」。それが城攻めを優先する第一案にダメを出した理由の一つでした。しかし、マップをよく見てみましょう。長篠城を無効化するために家康が進出しなければならない位置は、武田軍の初期配置エリアから2回の移動で攻撃可能な位置です(武田軍の手札の内容にもよりますが)。包囲すれば早々に家康は前に出なければならなくなりますが、連合軍の増援が少ない前半に家康がここまで出てきてくれるとするならば、全軍でなくても十分に野戦で勝機があります。さらにこの状況を作り出すと、武田側にはサドンデス勝利の可能性すら生まれてきます。家康が前線にいるので大将討ち取りの可能性が高くなり、また前線の家康を守るために補給点の防備が薄くなるのです。つまり、第三の方針は戦力の分散に思えますが、実は家康を戦力不十分なままつり出し勝機を生む最良の策なのです。
 長篠城を攻めることで連合軍に対応を迫り隙を作らせる。そして複数の勝利の可能性をちらつかせつつ、主目標を攻略する。敵を翻弄して主導権を握りつつける・・・つまり電撃戦的思考が武田には必要なのです。

長篠・設楽原合戦
▲武田軍の勝利の瞬間。織田軍の動きを封じ、この後、家康を討ち取った。

■連合軍の戦い方
 連合軍はゲームの勝利条件を見ても明らかなように守る側です。攻めがあっての守りなので、相手の出方に応じて対応は変えねばなりません。
 武田が最初からサドンデス狙い、もしくは長篠城に手を出さずに野戦を優先してくるようならば、初期配置=補給点に本隊を置き、ひたすら増援を呼んで周囲を防備するだけで済みます。補給点のみに部隊を集中してはいけません。補給点は敵の侵入を許すだけで敗北するエリア。連合軍の部隊ゴマは1ダメージでマップから除去されるのに対し、武田軍の部隊ゴマは取り除くのに2ダメージ必要で、部隊数で倍以上勝っても一度の戦闘で殲滅することが殆どできないからです。なので補給点の手前に防衛線を張り、そこで武田軍を迎え撃つようにしましょう。防衛線を構築する各エリアの戦力は、それほど多くは必要ありません。極端な話、武田軍の足さえ止められばいいので1駒でもかまわないのです。部隊は分散しているよりまとまっているほうが移動しやすく、さまざまなボーナスを受けられる可能性があります。なので主力は敵の移動の及ばない補給点に蓄積し、武田軍が攻撃してきたエリアに集中投入するという方法で迎え撃ちます。
 では、長篠城だけ集中的に攻撃された場合はどうなるかですが、この場合、長篠城を少しでも長く保持できるような手を打つだけです。防御時に有効なイベントカードは全て長篠城救済に使ってしまえばよいでしょう。部隊のいくつかを長篠城の救援のために送り込むのも有効です。南端エリアを通過して鳶ケ巣エリアから長篠城に部隊を送り込むのもよい方法です。これを阻止しようと武田プレイヤーが部隊を動かしたりすれば、それだけ長篠城攻略、その後の野戦転向が遅れることになります。増援は余裕のあるときに呼んでおけばよいでしょう。包囲されたら家康が前に出ればよいだけです。連合軍はゲーム中に信長の登場などで長篠城の耐久力が実際どれくらいあるかを知ることが出来ます。長篠城が長く持ちこたえらると分かったなら、連合軍はほとんど何もしなくても勝利できるでしょう。ただし、あまりに早く救援の手をゆるめると、武田プレイヤーにそれを感づかれ方針の変更を許してしまうこともあり得ます。簡単に落ちないときも、必死に城を救援しているフリをしてそちらにミスリードしましょう。
 問題は武田軍が城攻めと野戦を同時並行してきた場合です。武田軍が城を包囲するのは最速で2ターン目。なので包囲効果無効のために家康も2ターン目から前に出してもよいのですが、連合軍の初期の部隊数は徳川軍8個のみ。城攻め部隊を除いて10~12部隊が前線に投入可能で耐久力も倍の武田軍部隊の前にはカモ同然です。城を守るために家康が討ち取られては何にもなりませんから、護衛のために増援の織田軍を呼びつつ前に出るタイミングを伺うことになります。さらに織田軍の増援は盤上に到着しても、動かすための手札も必要とします。準備に時間がかかる中、前に出るのをどこまで我慢できるかが試されます。
 加えて、前に出る際は、武田が補給点に回り込まないよう予備部隊を残したり、戦闘に備えて防御カードを保存しておくことも考える必要があります。特に注意したいのは、武田軍の浸透突破への防備です。武田軍部隊は耐久力があるため、攻撃した後に退却を宣言し敵部隊の裏側へ抜けることが可能です。この戦術は、防御線となるエリアの後ろ側に後詰め(予備部隊)を少数でも配置することで防げますが、そのための予備兵力と事前の展開が必要になります。まさに縦深防御のテクニックが求められるわけです。
 このような展開になった場合、守らなければならないエリアが広がるわけですが、それら全てを連合軍はカバーできません。いち早く武田プレイヤーの主目標を読み、そこに重点的な防御と反撃を行うことが必要です。
 もっとも、前に出ることは悪いことばかりではありません。長篠城に救援を送るには近く、武田の補給点も全く狙えない位置ではないからです。武田軍が手をこまねいているようならば、積極的に攻勢にでて、武田軍を守勢に回してしまうことも不可能ではないのです。

長篠・設楽原合戦
▲縦深防御で武田軍の浸透突破を防ぎきった。

■作戦と戦術と
 両軍の戦い方を書いてきましたが、これが激突するとどうなるか・・・・というと、それはもうスリリングな戦いになります。武田軍が積極的でないと連合軍が容易に勝ちを収めやすいため、連合軍有利に感じられるかもしれませんが、それは大きな勘違いです。このゲームには、先にいくつか書いた浸透突破のような戦術的なテクニックが隠されていて、それを駆使する武田軍はかなりの強さ。武田と徳川織田、どちらが強いか・・・というと、プレイ回数10回を優に超えた今でも、正直、まだ結論が出せません。
 浸透突破を許して補給点を占領されたり、長篠城に増援部隊の侵入を許してあまつさえ包囲を解かれたり、武田騎馬軍団の華麗なヒットアンドアウェイや酒井隊の武田補給点への逆侵攻などの奇策も含めて展開は様々。相手の作戦を読めれば戦いは有利に、読めなければ不利に。作戦と戦術とに采配の手応えを感じられる、それが『長篠・設楽原合戦』です。
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